雨季を迎えたダウンタウンは、空から降り注ぐ激しい雨に包まれていた。メインストリートを行き交う人々は突然のスコールに苛まれ、ぐっしょりと濡れた衣服に気にも留めずに家路を急いでいる。歩道にできた大きな水たまりは水面にネオンライトを映し、ゆらゆらと静かにゆらめいていた。

 忙しく動く人々の隣、車道の片隅に一台の車が停められていた。三十年前、ファミリーカーとして多くの思い出を刻んだ黒いセダン。今では降りしきる雨にその身を侵され、ボディの至るところに錆が浮かび上がっていた。スコールは過去のバックグラウンドに関係なく、容赦なくフロントガラスを叩きつけては、勢いよく流れ去っていく。それは誰にでも、等しく、平等に降り注ぐ自然のルールだった。

 車内で仮眠をとっていた男は、ふとジャケットに入れていた携帯が震えていることに気づき目を覚ました。目を擦りながら片手で漁ると、画面を見て思わずしかめ面をする。五秒ほど逡巡してようやく通話ボタンを押し、ゆっくりと耳に押し当てた。

「よお、ジェームズ。元気か?」

「ヴィクター、久しぶりだな。元気かって…?正直、お前が電話してくるまでは元気だったよ。どうせ、昔みたいに無茶を頼んでくるんだろうって俺の勘がそう言っていてさ」

 その男、ジェームズは胸ポケットからタバコを取り出すと、つまみだした一本を口の端に咥えた。ドリンクホルダーに放っていたライターを器用に手に取り、すぐに火をつける。車内に白い煙が立ち込め、ほろ苦い香りが埃っぽく淀んだ空気を満たしていった。煙は窓の隙間から静かに流れ出し、雨粒と混じって消えていく。

「ははは、そうだよ。お前のいう無茶を頼もうと思ってよ」

「勘弁してくれよ。俺はもうサツは辞めたんだ。別のヤツをあたってくれ」

「いやいや、お前に頼んだのは お前にしか 頼めないからだ。覚えているだろう?例の火災事件を」

 ジェームズは苛立ちから小刻みに踏んでいたクラッチを、ふと止めた。

「十年前に俺が担当していた、病院の火災のことか?」

「そうだ、その事件だ。あの時、お前が見たっていう誘拐された被害者がいただろう?」

「ああ、子供が男に抱えられて連れ去られていくのを見たんだ。誰も信じちゃくれなかったがな」

「その被害者が見つかったんだ。思わぬ形でな」

「思わぬ形?」

 ジェームズが聞き返すと、電話口から重いため息が漏れた。ジェームズはヴィクターがやれやれと頭を振りながら電話をしている姿を想像した。

「それがよ…変なマスクを被って、夜な夜なスラムでギャング相手に暴れ回っているみたいでな」

「はあ?」

「現場に向かった俺の仲間も何人か負傷しちまったんだが、その時にこう聞かれたって」

 電話の向こうのヴィクターはしばし沈黙し、意を固めたように口を開いた。

「俺は父親(パドレ)に復讐したい。あの炎の中にいた、ジェームズ・ブラックウェルはどこかって」